art is calling12_神田茉莉乃「虚実の塔」
横浜、神奈川やその周辺で活動する若手アーティストによる作品展示とトークイベントを1セットに、アーティストが次のアーティストをリレースタイルでつないでいくBUKATSUDO GALLERYの企画展「art is calling」。
作品を見せる側のアーティストも、その作品を間近に楽しむことができる来場者も、街中で知り合いと挨拶するようなアットホームな感覚でアートと出会え、それがゆるやかに続いていく場にしたいという思いが込められています。
次にバトンを受け取ったのは、神田茉莉乃さんです。
寺島大介
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神田茉莉乃
その場所自体を説明するかのように人は歩き、登り、下り、元いた場所に戻ってくる。けれども戻ってきた場所はまた別の場所のように感じる。
どこにも行き着かず、どこにも無いけれど以外に近くにあり、一度は誰でも迷い込んだことがある場所。
映像で、彫刻で、ドローイングでその場所は少しずつ姿を説明されていく。
繋がりの無いはずの実際の場所と、作品としての場所が、それらの説明により繋がりを帯びていく。
繋がり、虚実入り混じった場所は、複雑さを増したように見えるけれど、結局は同じ場所に戻るように動線が引かれている。
けれども戻ってきた場所はまた別の場所のように感じる。
どこにも行き着かず、どこにも無いけれど以外に近くにあり、一度は誰でも迷い込んだことがある場所に。
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art is calling12_神田茉莉乃「虚実の塔」
彫刻を映像の中で見せる時、その彫刻の形の認識は歪むのではないか。
例えば、表面を立派に彫った彫刻を表面からだけ映像に撮る。
見る人は裏面もきっと立派に彫られているはずだと思う。もしくは裏面にこの像の根幹になりうる造作があるかもと想像するだろうか。あるいは作者は表面ほど立派に裏面を作っていないなどと思い浮かべるかもしれない。映像には裏面がどんな形をしているか、という事実は映っていない。ひとつの表現の中で制限された物体は想像の中で再構築されて、本来の形から歪み別物になるのではないか。
それと同じように、映像はリアリティをもって空間を映す反面、映されない部分は見る人の想像によって歪み、その二つが一体になると現実とは別の虚実入り混じる空間になると思った。
「虚実の塔」は3つの異なる建物で撮影、編集した映像、図面、像の3つの要素で、実際にはない架空の建物を表現しようとした。
映像のもつリアリティと、あるはずのない空間を見ようとする行為とは、作品のもつ空間から、個人のもつ私的な空間性へとつながっているような気がした。
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9/19(月)~10/2(日)
場所:BUKATSUDO GALLERY ※アクセスは【こちら】から
参加費:無料
※感染症対策のため、マスク着用・アルコールでの手指消毒にご協力をお願いいたします。
<アーティストトーク>
10/1(土)18:00~
【BUKATSUDO Instagram】から配信
【プロフィール】
1995年神奈川県生まれ。2018年武蔵野美術大学建築学科卒業、2022年現在、東京藝術大学美術研究科彫刻専攻に所属。2020年より黄金町AIR参加。陶土による造形から始まり、建築、彫刻を学ぶ。塑像、油絵、映像、図面制作などを行う。
主な展示歴として黄金町バザール 2021」黄金町エリアマネジメントセンター(横浜、2020)、「虚実の塔」bar 雨(新宿、2021)